英語にない言葉(Oct. 23, 2001)
私は大学でESL(English as Second Language)のワークショップに参加している。いや、10月11日に最終のワークショップが終了したので、正確には参加していたが正しい。しかし、最終日に先生がもう一度集まりませんか、と言ってくれたので、今日informalなワークショップというか、ミーティングが開かれた。
以前も少し書いたが、ESLは私のように英語ができないままにアメリカに渡ってしまった人には重要な「英語を話す機会」だ。というのは、native Americanとの会話は、日常会話になればなるほど難しいからだ。特に3人以上のグループディスカッションになると、スピードは速いし、よく分からないslangはいっぱい出てくるし、ほとんどついていけない。ESLに参加しているような人なら、もともと英語がそれほど得意でない人たちだから、私のような人間が参加しても何とか会話を楽しむことができる。とはいっても大部分の参加者は私よりはるかに話せるのだが。
ESLもいろいろあるのだろうが、私の参加しているワークショップでは目的が2つあると思う。ひとつは落ち着いて話すことができる機会であること。会話の中で、自分の考えていることを知っている単語や文法のみでどうにか表現するというのはいい訓練だ。また、特に日本人にとって苦手な(と私は思う)「聞き返し」なんかも実践することができる。nativeだと、下手な発音で喋ってると"Ha?!"とか言われちゃって引いてしまうが、それもない。
もうひとつの目的は、英語学習の「テクニック」を教えること。世の中にはCD教材、Web上の素材から「12時間で英語耳!」なんていう怪しいものまでありとあらゆる英語学習のテクニックがあると思うので、別にESLに頼りたくない人はそれでいいと思うが、私が参加しているESLで教えてもらったテクニックに共通するのは「時間をあまりかけない」「(比較的)楽しい」ということだろうか。たとえば英語を題材としたゲームなんかを教えてくれたりする。SCRABBLEをご存知だろうか。アルファベットの書かれた持ち駒を順番に用意された盤面に並べて単語を作っていくゲームである。ワークショップでも先生が用意してきてくれてプレイしたが、これはかなり面白い。そんなに単語力がなくても楽しめるので、お勧めである。さて、私がESLで知り合った友達にブラジル人のMarcosがいる。彼とはなんとなく気があってワークショップが終わったあともよく一緒にランチを食べたりお互いのオフィスに遊びに行ったりしているのだが、今日ワークショップ後に一緒にランチを食べたオフィスへの帰り、彼がこんなことを聞いてきた。
「Homesickって感じてる?」
「いや、ぜんぜん」実際は英語での会話なので、ニュアンスが違うのはご容赦。
「えーと、じゃぁ、Homesickって日本語にある?」
いつも携帯している電子辞書を調べる。
「Homesickはホームシックだなぁ。日本語でも同じ言葉を使うよ」
「そうか...ブラジルでは『ソダージュ』っていうんだけど、これはホームシックとはちょっと違うんだよ。ホームシックは場所にしか使わないけど、『ソダージュ』は人にも使うんだ。僕はいまその感覚を感じてるんだよ」
「じゃぁ、missingじゃないの?」
「う〜ん、違うんだよ...なんていったらいいのかなぁ、例えば君が日本に家族とか恋人とかがいたとしよう」
「うん」
「そういう人や場所のことを思う気持ちを表す言葉なんだ」
「う〜ん、missingとかlongingとかじゃないの?」
「ちょっと違うんだよなぁ」私はポルトガル語の発音はわからないので、上記のカタカナ表現はかなり間違ってるかもしれない。とにかくなんか要領を得ない。その後も何度かやり取りがあった末、
「えーとね、英語のmissingは寂しい気分を表す言葉だけど、『ソダージュ』はgood feelingなんだよ」
これでピンと来た。
「分かった! あるよ、日本にもその言葉。確かに寂しい気持ちじゃない!」
「ほんと? じゃぁ、今君はその気持ちを感じてる?」
「うん」
「さっきはNoといったのに、今度はYesだね。じゃぁきっとそれだ! 日本語でなんていうの?」
「それはね、懐かしいっていうんだよ」...英語にない言葉を伝えるのはとても難しい。